さらりと流れ落ちる綺麗に染められた髪を、うっとうしそうにかきあげたのが見えて、とっさにアメピンを差し出した。買ったばかりでいっぱい持ってたから、「よかったらどうぞ」と。もしかしたらヘアゴムのほうがよかったかもと思ったけれど、引っ込めるよりもはやく彼の手に渡る。受け取ったあとの「ありがとー」の声がとても優しくて、ゆるやかな風に乗ってふわふわと香る甘いにおいにくらくらして、前髪をとめて露わになった眦から目が離せなくなって。  ――この瞬間、世界が輝いて見えた。   ◇  その後、固まってしまった私を放置――なんてことはせず、再び動き出すまで側にいてくれた。とはいえ、まともな受け答えをする余裕はなかったのだが。その動揺っぷりに体調不良だとでも思ったのか、問答無用で近くにあったカフェに押し込まれ、瞬く間にドリンクと軽食が並べられた。私はといえば、急展開についていけず、姿勢よく座っているだけ。 「いらない?」  ドリンクも軽食も私の前に置かれている。向かいに座る彼は、いらなかったらオレが食べるよーと、軽食を指差した。  見ず知らずの他人にここまでしてくれるなんて、この人はなんて素晴らしい人なんだろう。熱に浮かされたような心地のまま、手を合わせる。 「……いただきます」 「うん。どーぞ」  ドリンクが喉を流れていく冷たさで次第に落ち着いてきた。食べ物を咀嚼しながら少しずつ冷静になっていく。  目の前の彼に視線を移す。派手な髪色が目を引くが、よく見るとボディピアスの数も少なくない。柄シャツの上で学ランの襟を大胆に抜き、袖口から指先だけを出す着こなしは、もはやこなれ感を通り越してあざとさすら感じられる。私の視線に気づいていないのか興味がないのか、スマホを見ていて、目が合うことはない。  端的にいえば、これまでかかわったことのないタイプの人だった。ぱっと見だけだとまず近寄らない。なのに、あの瞬間の自分は、いったい何を考えていたのだろうか。 「……あの、」  ありがとうございます、と言うと、彼は顔を上げた。カラコンなのか天然なのか、綺麗な色の瞳をしている。穏やかさがにじむ眦にどきどきしてしまって、また落ち着かなくなる。彼は「元気になった?」と首を傾げながら言った。優しい声音に心まで解かされそうになる。 「はい。おかげさまで」 「そっかー」  そろそろだろうなと思い、財布を取り出す。千円札を二枚、彼の前に差し出した。  すると今度は彼が動揺してしまったらしく、「えっ、え?」と私とお金を交互に見ている。 「ドリンクと軽食の分です。お返しします」 「いや、いらないよ⁉ これヘアピン貸してくれたお礼兼ねてるんだから」 「? だとしても、釣り合わなくないですか?」 「そこはこう、気持ちっていうか……」 「受け取ってください。私の気持ちです」 「……そう来るかー」  ヘアピンはあげたも同然で、そもそも自分もよくなくすからこの数本なんて勘定に入れていない。この程度でお礼を言われると思ってなかった。  なんだかかわいい人だなと、ちょっとだけ思った。 「それでは、」 「待って待って! さっぱりしすぎ!」  さっきまでのしおらしさはどこにいっちゃったの、とぼやいている。 「いいの?」 「何が……?」 「オレ、今日はたまたまここに来たんだよ」 「そう、ですか」 「名前とか連絡先とか、聞かなくていーの?」 「――!」  ぶわりと顔に熱が集まる。全部わかった上で、こうして時間を作り出してくれたのだということに、さすがにもう心臓は言うことをきいてくれない。 「えっと……お、お名前は……?」  必死で絞り出した声が届いたのかはわからないけれど、彼の笑みに、声に、すべて溶かされていく。本音も建前も、真実も嘘も、抱いた気持ちも、すべて。 2025.08