年々騒がしさが苦手になっていくのだが、友だちに誘われてしまったら断れるはずもなく、数日前にバラエティーショップで一緒に買った仮装用カチューシャと配り歩く用の大袋お菓子を持って家を出た。家から仮装――カチューシャをつけるだけのものを仮装と呼んでいいのかはわからないが――しなかったのは、道すがら誰かに「あの人なんかつけてる」と、ヒソヒソ言われたくないがためのささやかな抵抗だった。しかし大学に近づけば近づくほど、いつもとは様子の違う人が増えてきて、今日という日の異質感を醸し出している。  中学生や高校生のときはどういうふうに過ごしたのか、数年前のことなのにもう思い出せない。少なくともこんな仮装はしていなかったと思う。  十月三十一日。今日はハロウィンだ。    二限で合流した友だちに「なんでつけてないの!」と言われて電光石火の速さでカチューシャを装着させられた。渋りはしたものの、一度つけてしまえば気にならなくなった。すると些細なことはどうでもよくなり、そのまま講義を受け、食堂へ行き、なんだかんだで一日を過ごした。  教授が仮装して来たかと思えばぬるっと講義が始まったり、校内ですれ違う学生の気合いの入った仮装――というかもはやコスプレ――に「やば~い」と投げ銭よろしく投げ菓子したり、知り合いにお菓子あげるからお菓子くれをしたり。ハロウィンってこんなんだっけ? と思いつつ、でも楽しくなってきたからこれでいっかとも思う。  騒がしさの一端に与していながらそれに不快感を示すという矛盾も、楽しければなんでもいいという刹那主義的な考えに至ってしまっているのも、このままではよくないのだろうと理解していながら、けれども楽しいという心地よさの前ではどうすることもできなかった。    ◇    五限が終わると、あたりはもう薄暗くなっていた。  いつから設置されたのかわからないイルミネーションが校内のあちらこちらをまばゆく彩っている。誰が言ったのか「おれたちの学費が光ってる」というのは言い得て妙だと思った。  さてこれからどうするか。今日は何の予定もなく、あとは帰るだけなのだが、少し浮かれた気持ちはまだ帰りたくないと言っていた。ちなみに友だちはバイトだと言ってさっさと帰ってしまい、何をするにしてもソロ活が決定している。  いまからウィンドウショッピングしたところで店の閉まる時間が近いので却下。とりあえず買い物にでも行くかと、校門に向かって歩いていると「お姉さん」と声をかけられた。聞き覚えのある声に心臓から冷や汗が噴き出す。具体的には一昨日の晩に通話をしたときに聞こえたものに近い声だ。顔を上げた先には男子生徒――王子一彰が立っていた。目が合うと、彼は笑みを浮かべながら「やあ」と手を振った。  なんでここにいる? 頭の中で様々な情報が駆け抜けていく。約束してたっけ? 学ランだめじゃない? でも地域に開かれた大学だからべつにおかしくはないか? いやそもそも誰かに見られたらまずいのでは? いやでもちゃんとお付き合いしてるし大丈夫……なのか? 「せ、制服……大学……」 「……ああ! 制服で大学構内を歩き回るのはどうなのか、ということかな。問題ない、むしろ溶け込めてるとさえ思うよ」  たしかにそうかもしれない。これだけ堂々としていればもう年齢の差、所属の差などは取るに足らないことだろう。あるいは人によってはそういう仮装だと思われているかもしれない。なんでも仮装といえば許されるのか? こちらは心臓から汗をかいているのだが?  ぽかんと口を開けたままの私を見かねてか、「もう、ラ○ン見てないでしょ」と言われ。あわてて画面を開くと、数時間前に彼からのメッセージが入っていた。謝りながら様子をうかがうも、とくに気にしたそぶりはなく、それよりも彼は私の頭の上――カチューシャのほうが気になったらしい。「仮装かい?」とカチューシャを外したかと思えば、おもむろに自身の頭につけて「どうかな、似合ってる?」などと言った。残念ながら似合う以外の選択肢がない。学ランに仮装用カチューシャは盛りすぎ。あまりにも確信犯ではないだろうか。 「じゃあハイ」  彼が目の前に手を差し出した。何のことかわからずとりあえず自分の手を乗せてみた。ぎゅっと握ってくれる。 「そうだけどそうじゃないよ」 「?」 「今日はハロウィンだよね。ほら、Trick or Treat」 「そっちか! うわ恥ずかし……ちょっと待ってね」  なんせ今日は大袋でお菓子を持ってきてるからぬかりないよフフン、とカバンの中の袋から小分けのお菓子を取り出そうとして「……あれ?」不発に終わる。なぜかすべてなくなっている。もはや残りがあったのかどうかもあやしい。どうやら浮かれてすべて交換及び配りきってしまったらしい。 「用意したやつはもうないかな……もらったものでいいなら渡せる」 「きみが用意したものじゃないといやだなあ」 「……ありません」 「ふうん、そう」  薄暗いなかでも彼が楽しそうなのがよくわかる。平常時なら楽しそうでいいねえにっこり :)になる。けれど今は違う、対象が他でもないこの私なのだ。このあとの展開を数パターン考えて、どうしようどうなる⁉ の気持ちでいっぱいだというのに、のんきににっこりしてられない。 「いたずら。しちゃおうかな」  いたずら。彼の考えるいたずらって? ソフトなものからハードなものまで頭の中を飛び交う様々ないたずら。  だめもとで別の案を出してみた。 「あの……紫芋のフラぺとか……だめ?」 「ふふ、きみがいやならス○バに行こう。でも本当に、ぼくのいたずらはいや?」 「ウ……ウウ……」  なんと答えればよいのやら。いやだけどいやじゃないけどいまはいや。  困りすぎて唸っていると「ごめんね、困らせたいわけじゃないんだ」と、カチューシャをつけ直してくれた。じっと見つめていると彼は「ん?」と首を傾げる。なんだろうな、浮かれているだけじゃないこの感じ。鼓動がちょっとだけ速まったから、服の上から心臓のあたりを押さえてみたけれど。なにもわからなかった。    そうしてス○バで彼に一杯奢った。カチューシャはもう今日の出番を終えたのでカバンにしまった。「来年はぼくも仮装しようかな」と言うので、「何でも似合うと思うよ」と返しておいた。実際そうだと思う。そのへんのバラエティーショップで買った適当なカチューシャが似合うのだ、況んやである。 「今回は自分で考えたのかい?」 「いや、友だちに誘われて」 「へえ。じゃあ来年、誘っていい?」 「? 何に?」 「仮装」 「……一緒にやるの?」 「うん」 「バカップルみたいでやだ」 「でも楽しかったらその限りではない。でしょう?」  そういうところ鋭いなあと思うと同時に、のどからは「ぐぬ」と変な声が漏れた。  楽しさの前ではときには理性すら溶けてしまう。そんな姿はあまり見せたくないと思ってしまう。好きな人の前では、とくに。けれど、それすらも受け入れてくれるのであれば。そんな私でも許してくれるのであれば。 「ぼくと楽しいこと、たくさんしようよ」  それはなんて魅力的なお誘いだろう。年を重ねていく毎に理性ばかりが強靭になっていって、体裁を忘れて楽しむことが難しくなっていく。一緒に何かをやろうと誘ってくれる人がいることは、なんと幸せなことだろうか。  将来をまだ誓ってはいない。今、たまたま互いの人生が交差しているだけかもしれない。来年、数年後にはどうなっているかわからない。それでもこの人と出会えて良かったと、何年先でも思いたい。 2023.10