殺されるなら君がいいと思った。 ◇  スカウトにより関西出身が八割を占める生駒隊の彼ら。そのひとり、隠岐孝二。ランク戦で彼の活躍を見て以降、私は年下の彼にゾッコンだった。  他の誰でもない隠岐くんにこの身を貫かれたい。その思いは個人戦にしろランク戦にしろ強く発揮され、自発のベイルアウトを除けばほぼほぼ白星をあげていた。突然成績が上がりだしたのを、面白がって対戦を申し込んできた相手をちぎっては投げちぎっては投げ。さすがに太刀川さんが「強くなったらしいな」と嬉しそうに話しかけてきたときは全力で逃げた。結局逃げ切れずに奴の相手をすることになってしまい、いくらかポイントを持っていかれたのは根に持っている。  そうして底辺ぎりぎり程度のポイントだったメイントリガーは、いつの間にかマスタークラスになっていた。 「一途すぎて自分でも引くレベル」 「それ、本人前にして言います?」 「私の本気を知ってほしいから言ってるんです」  個人戦でもランク戦でもいいから、私を撃ってほしい。隠岐くんに散々お願いしているのだが、彼は取り合ってくれなかった。柔和な笑みを浮かべたままイエスもノーもなく、のらりくらりと躱されている。 「今度うちの隊とランク戦であたるでしょ。前は隠岐くん先に落とされちゃったからさ、今回は私を撃ってから落ちてね」 「かわいい顔してムチャ言いますね」 「イコさんじゃないけどかわいいの安売りは良くないよ。私からしたら隠岐くんのがかわいいんだから」 「さよか〜」 「でた、適当相づち」  隠岐くんは基本的に優しい青年だが、近い相手には扱いがちょっと雑になるし、嫌なことにはぐだぐだ言う。落ち着いて見える隠岐くんに当たり前だけど年相応なところがあると知ったのも、彼と近くなったからだ。  きっかけはあまりにもお粗末なものだった。誰にこぼしたのか忘れたけれど、誰かに「生駒隊の隠岐くん良いよねー撃たれたーい」と言ったらまわりまわって本人に届いてしまった。それからは彼に会うたび「あ、撃たれたい人」といじられまくったのだ。その後、ランク戦等々を経てようやっと先輩と呼んでもらえるようになった。 「でもだからって手を抜いたりしないよ。隠岐くん落としに行くから」 「ふぅん、先輩に狙ってもらえるなんて光栄ですわ」 「思ってもないくせに」 「ホンマやって」  サンバイザーにかかる隠岐くんの黒髪が、彼の体の動きにあわせてふわふわと揺れた。 ◇  一人落として先制点をあげた。試合の流れを引き寄せたといっても過言ではないだろう。  その際、誰かの狙撃が頬を掠めた。狙撃ポイントを辿ると、それは戦況を一望できそうな開けた場所から撃たれたもの。この短時間でここに辿り着ける狙撃手は限られている。転送場所が良かったか、あるいは動ける者か。オペレーターが言うにはおそらく後者、そして生駒隊の隠岐孝二だろうと。同感だ。加えて私には、隠岐くんがわざと外して撃ってきたように思えた。ここまでおいでとまるで挑発でもしているかのように。落としに行くと言った相手に場所を知らせるなんて、隠岐くんらしい。  狙撃手の彼と攻撃手の私は直接交戦したことがない。何事も「初めて」には心躍るものだ。期待に、喜びに、興奮に、そして少しの不安が混ざる。  隠岐くんはきっと、私を待っている。  バッグワームを纏って狙撃ポイント付近に向かう。狙撃手は見つからないことも仕事のひとつだ。しかし彼は、仮に見つかってもその機動力を活かしてぶっちぎる。それだけの自信があるのだ。  だからこそ今は。一発目からさほど離れた場所にはいないはず。私が挑発に乗るとわかっているから。――あは、なんだか楽しくなってきた、隠岐くんとの追いかけっこ。  ふいに何かが頬を掠めた。狙撃だ。隠岐くんはこの近くにいる。この程度の傷だとまだしばらくはトリオン切れにならない。狙撃ポイントを辿り、隠岐くんの位置にあたりをつける。彼ならこれで釣れるだろう。  弧月を鞘に納めて構える。鯉口を切りながら旋空を起動、勢いよく振り抜いた。しかしタイミングがあわず、一拍遅れて狙撃手の足場になりそうなところが崩れ落ちる。イメージしてたのはイコさんの伸びる旋空弧月だが、そう簡単に習得できるものではなく、放ったのは普通の旋空弧月。  崩壊する瓦礫の中から飛び出してきた塊を視認、それに向かって駆け出した。 「あっぶな、伸びひんのかい」 「隠岐くん、見っけ」 「あらら、見っかってもうた」  隠岐くんのバッグワームを引っ掴んで押し倒し、首元に弧月を突きつける。しかし彼がタダで倒れてくれるはずもなく、私の胸元――心臓には銃口が向けられていた。彼に、隠岐くんに貫かれたい。その瞬間がすぐそこまで迫っていることに興奮のあまり呼吸が乱れて噎せた。 「先輩、こわいっすわ」 「いよいよかと思うと緊張しちゃって」 「なんやそれ」  ふ、と隠岐くんが笑う。 「せや、ランク戦終わったら先輩に言わなあかんことがあるんですよ」 「なぁに、今聞くけど」 「今やないねん」 「ふーん?」  ふいに胸元の銃口が動いた。撫でるように左胸の形に沿い、膨らみの先を掠めて鎖骨、首、そして顎へ。隠岐くんは薄く笑っている。なんだかいけないことをしているようで、自然と息が詰まる。こちらを見上げてくる目は眇められていて、彼の雰囲気に飲まれそうになった。目を逸らそうとするも、許さないとばかりに銃口で少し顔を上げさせられる。 「先輩、」  気だるげな、しかし耳ざわりの良い声が鼓膜を揺らす。彼の声が好きだ。全てを赦してくれそうな、体の奥にまで甘やかに響く声。 「ちゃあんと覚えとってくださいね。誰にどこをどうされたのか」 「……うん」 「はは、なんやおれも興奮してるんかも。……やっと、先輩を撃てる」  銃口は再び心臓へ。そして間髪入れずに撃ち抜かれた。 ◇  ランク戦のあと、謎の達成感に包まれていた。廊下で会った隠岐くんと二人でロビーのソファに座る。彼は私に会いにうちの隊室まで来ようとしてくれていたらしい。そういえば、ランク戦中に言いたいことがあるとかなんとか言っていた気がする。  ぽやぽやした気分のまま、さながら恋する乙女のような溜め息をつく。 「このままボーダー卒業しようかな」 「寝言は寝て言うてくださいよ」 「いやいやわりと本気」  はあ?と言いたげな雰囲気を醸し出す隠岐くん。やっと彼に撃ち抜いてもらえたこの感覚を、誰かに倒されることで上書きされたくなかった。ずっと自分のものにしたかった。 「だってもう撃ってくれないでしょ」 「……先輩が、望むなら。何度でも付き合いますよ、ランク戦でも個人戦でも」 「ほんと!?」 「ただし条件があります」  ランク戦終わったら言いたかったことに関係するんですけど、と彼は言う。 「なになに、私にできることならなんでも言って」 「おれを斬ってください」 「きるって……斬る?なんで?」 「先輩いつも言うてはりますやん、おれに撃ってほしいって。それと一緒です」 「一緒じゃなくない……?」 「一緒ですよ。……ずっと貴女に斬られたいと思ってました、って言うたら驚きますか?」 「そんな、だって、でも、」 「誰かに倒される度に先輩を撃ちます。そしたら上書きなんて関係ないしずっとおれのもんや」  これでボーダーやめる必要なくなったやろ?と隠岐くんが微笑んだ。  彼は本音を隠すのが上手だ。私に斬られたいなんて、そんな素振りを一度も見せたことがなかったのに。のらりくらり躱して、私ばかり求めて。でももし、本当に一緒なら。傷をつけられたいし、傷をつけたい。トリオン体だから出来ること。お互いを殺し合うこと。その瞬間、世界で二人きり、あなたをひとりじめ出来るから。好きの代わりに、何度でもあなたの身体に刻みつける。 2021.05