10年以上前に書いたものを発掘しました。大変拙くて恥ずかしいのですが現在に繋がる思考の欠片を感じられて面白かったので期間限定で公開します。 タイトルすべてお題サイト様よりお借りしました。
ミストレ 「なにやってるのさ」 突然、背後から聞こえてきた声に、わたしは少し反応した。頭をもたげ、目は声の主を見遣る。 「女の部屋にずかずかあがりこんで来て、いい御身分ね。鍵かけたのに」 「そんなもの、少し弄れば訳無いさ。それよりなにしてる?」 聞かれた質問には答えず、わたしは空間ディスプレイを展開した。少しいじって、ロックが解除されているのを確認してから、再び部屋をロックした。それから、今流している水も、とめた。 「こんな風呂場で、なにしてるの?死ぬつもり?」 「死ぬなんて軽々しく言わないでよ」 「風呂場で浴槽に水ためて、自殺するのかと思ったじゃないか」 「あ、そう」 座って浴槽に預けていた身体を動かし、立ち上がる。その瞬間、頭がくらくら、目の前がチカチカして、足元が覚束なくなり、倒れそうになったわたしを、彼が支えてくれた。 「…ありがとうミストレ」 「全く、危なっかしいね、君は」 わたしはディスプレイを閉じ、ミストレを見て笑った。 「ご飯まだでしょ?ご馳走してあげる」 * どちらかというと得意である料理をミストレに振る舞った。 今の時代は、機械がレシピ通りに全てやってくれたり、ちょっとした調味料の加減も指定すれば機械が自動的にやってくれる。とても便利なのだがどこか味気無い。だからわたしは、この時代では珍しく全て自分でつくっている。それだけでは飽きたらず、少しではあるが部屋とベランダを使って野菜などの食べ物を育てている。空間ディスプレイで注文すればすぐに手配し、新鮮な食べ物を受け取る場所が各部屋に設置されているが、わたしはあまり好まない。 「うちで採れたものだけを使った料理だよ。安心してお食べ」 「逆に安心できないよ、いただきます」 ああ、彼はやっぱり育ちがいいなあと思いながら、わたしも箸を進める。我ながらまずまずの出来だ。他人に振る舞うには問題ない。「ところで、さ」ミストレは食べていた手を休め、こちらを見た。 「さっきはなにしてたの?」 「知りたい?」 「ああ知りたいねものすごく」と、半ば投げやりに答えてからミストレはまた食べはじめた。 「突然ね、水が恋しくなったの」 わたしはミストレの返事を待つが、彼はなにも言わずにただ食べている。かわまずに続けた。 「人間ってさ、魚が陸にあがっても生きていけるように進化して、そしてアウストラロピテクスとかから進化したって説があるじゃない?」 電脳空間などの機械が発達し、どこからでも空間ディスプレイを展開させられる今でも、人類の謎ははっきりと解明されておらず、これだ!という説はまだない。 「そう思ったら急に水に浸かりたくなっちゃって。なにもかも、水に溶かしてしまいたくなったの」 「それ、言いようによっては死にたいって言ってるようなものだよ」 「違うってば、まだまだ青春を謳歌する気力はあるよ」 ははっと笑いあって、わたしは水を飲んだ。のどを通り、食道を通り、胃に落ちていく。はっきりとわかるその感覚に酔いしれながらも続ける。 「脳が一瞬、還りたいって信号を送ったの。でも良かった、わたし、死ぬつもりはなかったけどミストレが来てくれなかったら、水に還ってたかも」 「今から水に還るかい?」 「まさか!」 「当然だよね、俺という誰もが羨むような男を射止めた君がこの世界からいなくなりたいだなんて、とんだ夢物語だ」 「そうだよね」 わたし幸せだよ、と微笑むと、ミストレは口角をあげ、挑戦的な笑みを浮かべた。それの意図することがわからず首を傾げると、彼は椅子から立ち上がり、わたしを背後から抱きしめた。 「ねえ」 ミストレの顔がわたしの顔の真横にあり、吐息が少し顔にかかる。恥ずかしさと彼の艶やかさに、自分の顔に熱が集まるのがわかった。 「夜も遅いし泊まるよ。明日は休日じゃないけどたくさん遊ぼう、夜は長いからさ」 そのおそろしく艶かしい笑みに、わたしは堕ちるのだ。 死んでしまえばきっと辛いわね 20110530 提出。素敵なお題をありがとうございました。
亜風炉 わたしが初めて彼を目にしたとき、神様が現れたのかと思った。それくらい、彼は儚げで、麗しくて、美しかった。彼のおそばにいることができれば、わたしは、もう。 * アフロディ様はいつからか「僕は神じゃなくなった。否、最初から僕は人間なんだ」と言うようになった。わたしのなかではアフロディ様は神なのに。いや、アフロディ様しか神と思えない。そう言うと、彼はきまって肩を竦めて苦笑するのだ。その苦笑は、自身を神と慕うわたしに対してなのか、自身を神と称していた過去の自分に対してなのか、それは彼以外に知りえない。 * アフロディが韓国のとあるサッカーチームにスカウトされた日、彼は韓国に渡ることを即決した。韓国は、彼の母国なのだという。 アフロディ様と離れるなんて嫌です!と少女が我が儘を言うと、彼は「君も韓国においで」そう言った。少女は親の反対を押し切って韓国に渡った。アフロディのそばにいられることが少女の至福だからだ。 日本を発つ前に彼は少女以外にふたり、呼んでいた彼女は、呼ばれたのは自分だけだと思っていたためちょっと悔しく思ったが、アフロディ様が声をかけるくらいなのだから実力は確かだ、と思うことにした。 「おい、アフロディ。この小娘はなんだ」 「小娘っていうな、名前がある」 「彼女は僕の大事な人だよ」 「ア…アフロディ様…!」 「ふふっ」 アフロディはふわりと微笑んで、少女の頭をやさしく撫でた。少女の表情は、さしずめ恋する乙女のようだが、本人は「敬愛」であると言い切っている。 「でもね、これからはアフロディ様って呼ぶより、照美って呼んでほしいな」 「…照美様?」 「様はいらないよ。もう僕は神じゃないし、キャプテンでもない。様をつける必要はないよ」 「わかりました、えっと、照美くん」 「うん」 「随分と大事な人に崇拝されているようだな、アフロディ」 「なんつーか上下関係がはっきりわかんぞ」 「昔の話だよ」 「おまえらは首っこむな!」 「僕にもそんなふうに言ってくれたら一番いいんだけどね」 「そんなっ!滅相もない!わたしなんぞがアフ…照美くんと呼ばせていただくだけでも有り難すぎて失神しそうなのに、そのうえ…そのうえ…!」 「あ、倒れた」 「おいアフロディ、こいつどうすんだよ」 「うーん、恋と敬愛を履き違えているみたいだ」 「チッ、リア充○ね!」 「こら涼野くん」 「おまえもこいつが好きなのか?」 「…そうだね、うん、好きだよ」 彼は笑う。 大事に大事に、そばから離さないようにしていた女の子を抱えて、笑う。 「もう、この子は僕がいないと生きていけないんだよ」 飲み干したドルチェ 20110403
風丸 工場では色濃い煙を噴き出し、それに比例するかのように車は排気ガスを吐き出す。空を見上げれば、真っ青なはずのそれは薄く灰色がかっている。お天道様がはっきりと拝めない。 「とどのつまり、空気の澄んだ田舎に移住したい」 「ばか言うな」 「ですよねー」 お天道様っていつの時代の言葉だよ。いいじゃんかっけーじゃん。 屋上への扉に鍵がかかっていたから、そこに続く階段に座って、お喋りをしている。 「それにしても、今日はどうしたの?わたしは常習犯でいいとして、優等生の風丸クンが授業サボっちゃうなんてさ」 「やめろよ、その呼び方…気持ち悪い」 「一郎太」 「そう、それ」 風丸一郎太とは小さい頃からの友人で、守と一郎太とわたしの三人で、よくバカやっては怒られた。主に守とわたしが仕掛けて一郎太が尻ぬぐいをしてくれていたのだけれども。 「で、どうして?」 「とくに理由はないが、強いていえばおまえに用があったから、かな」 「わたしに?なになに?説教?」 「俺と付き合ってくれ」 「は?…いいよ」 「ほ、本当か?」 「うん本当。で、どこを突きあえばいいのさ?」 「…あ、そっち…」 「ウソウソ、わかってるって」 一郎太が見るからにしょげていったから、慌てて言い直す。告白かどうかもわからないくらいにわたしは鈍くない。一郎太はいじりやすいからちょっとからかっただけだ。告白をからかうなんて…とは思うけれども。 「ごめんね」 「そうか、って何に対しての謝罪?」 「全部」 「付き合えないって、ことか…?」 「うん。わたしは、一郎太と守が同じくらい大好きだから、どちらかだけを愛するなんて、できない」 「それでもいいって言ったら?」 「やっぱり付き合うには半端な気持ちじゃだめだというのが持論でありまして、それに則るとわたしは君とは付き合えないんだ」 「男の俺より格好良いこと言ってる…!?」 「それにね、わたし愛してるの」 「…誰を?」 「飼ってるハムスターの名前、ティルっていうんだけど、ティルを愛してるの」 「オスなのか?」 「もちろんオス。ティルと結婚したい」 「あ、そう…」 「ふっちゃってごめんね。今はティルしか眼中にないから」 一郎太の端整な顔がこれでもかというくらいに歪められる。けれど本当のことである。一郎太や守、お父さんなど、わたしの知ってる男子たちよりよっぽど男らしいのだ。惚れないわけがない。 「守にはもう言ったよ」 「何を?ティルを愛してるって?」 「うん。聞いてみたら?」 「…わかった」 「じゃあわたし野暮用があるから。またあとでね」 「…ああ」 一郎太のことだからきっとくそ真面目に守に聞きに行くんだろうなあ、と思いながら、後ろを振り返らずに歩く。わたしと彼はまだまだ釣り合わない。真面目な一郎太と馬鹿なわたし。彼に迷惑はかけられないから、だからわたしが追いつくように頑張るから。それまで待っててね、という意味を込めて。 愛に瞑想 20110331
南雲 目の前の赤い特徴的な髪を引っ張り、「なーぐーもー」と呼んでみる。返事はない。「南雲ぉーねぇー起きろー」殴ってみる。返事はない。どんだけ眠りこけてんのこいつ。 「寝坊助の涼野だって起きてるのに」 「呼んだか?」 「あ、涼野。南雲が起きない」 少し開いたドアから涼野がひょっこり顔を出した。あわよくば涼野に南雲を起こしてもらおうと部屋に呼び込んだが、涼野は南雲に顔を近づけると「大丈夫だ、おまえが起こせばいい」そう言ってさっさと出ていった。大丈夫って何がだ。何を根拠に。 そして美少年同士の顔がくっつきそうなくらいに近いツーショットを拝めて、朝から眼福です。 「南雲ー起きないとべろちゅーすんぞー」 これで南雲が起きると思ってないけど、ちょっとは意識戻るかなと期待するが、身じろぎひとつしない。ベッドに背を預けて、ため息をひとつ。なんか手のかかる兄弟みたい、と思いつつ顔をベッドのほうに向けると、ぎらぎらした金色と目が合った。ぎょっとして慌ててベッドから離れようとしたが、伸ばされた腕に掴まれ、離れられない。 「ちょ…南雲…!あんた起きてたんなら返事しなさいよっ…!」 「おう」 「離しなって!」 「やだ。寝てたらべろちゅーしてくれんだろ?ほら、俺寝てっからべろちゅー」 「あ、あんたねぇ!」 軽々しく言ったのが悪かった。と、今気づいても遅いのだが。 「誰があんたなんかに!初めてなんだから大事にとっとくの!」 「俺にくれよ」 「やるもんか!」 「するまで離さねぇ」 なんかお約束の展開すぎて泣きたくなってきた。縛ってでも涼野をいさせとけばよかった。ちら、と南雲の顔を見る。にやにやしているが綺麗すぎるその顔に蹴りをいれるのは、さすがにできない。顔は一生ものだ。さっき殴っちゃったけどあれはカウントしない。しびれを切らしたのか、彼はのっそりと体を起こした。依然、わたしの腕は掴んだまま。ちゃんとした体勢の彼に女のわたしの力が敵うはずもなく、わたしの身体は彼の腕の中にすっぽりと収まってしまった。 「はわ、わわわわ」 「あ、かわいい」 「てめ、なぐ、おま、おぼえてろよ…」 「動転してんの?かーわいー」 南雲ってこんなキャラだっけ?もっとツンツンツンデレじゃなかったっけ? 南雲に抱きしめられて冷静ではいられない。真っ赤になっているのを悟られないように下を向いて、シワの酷いシーツを握りしめる。目をぎゅっと瞑っていると片頬にあたたかくて柔らかい感触。 「え…?」 「…嫌そうにしてるやつに無理矢理っつーのは…やっぱだめだろ」 「南雲…」 ガシガシと頭をかきながら言った南雲は、いつもの彼だった。「んだよ!わりぃかよ!」と真っ赤になってわめく南雲はとても愛おしかった。 * 「つまりは両想いなのだろう?ハッピーエンドじゃないか」 リア充爆発しろとでも言いたそうな冷ややかな視線をこちらに向けながら、涼野は頭をかく。わたしと目線をあわせてくれない。 「なんであんなやつ好きになったの?」 「私が知るか」 「だって明らかに涼野のほうが格好良くない?」 「当たり前だ。チューリップに負けるわけないだろう」 「なら、なおさらどうして?」 涼野はふうとため息をつき、天を仰ぎ見る。そして。 「神の思し召しだろう」 「くっさ!涼野くっさ!ちゅうに!あはははは!」 「わ、わらうな…」 20110331
基山 ※基山がかなりあくどい性格になっています、ご注意ください。 「ちっくしょ…」 今日は待ちに待った新刊の発売日で、朝から気分はるんるんだった。のだが、ひとりでフラフラと廊下を歩いていたら、先生に声をかけられ、お約束の展開。教材運びを頼まれた。となりの校舎にある教材室と名付けられた、少し広いあき教室までだ。 「か弱い女の子ひとりにこんな仕打ち…ないわぁ…」 だだっ広い廊下には、わたしの歩く音だけが響いている。 ぺたぺたぺた。 キュッキュッキュッ。 足音が響くのが面白くて、つい遊んでいるうちに、教材室についた。扉を開けようと手をかけたとき、誰かの話し声が聞こえた。 「~~、基山くん」 「ごめんね」 「…っ…」 これは告白、だろう。 基山といえば学校中で知らない人はいないくらい、この町の人はみんな知っているくらい、有名な人だ。ここは、人気が少ないし邪魔も入りにくいから告白には良い場所かもしれない。 わたしは二人が去るまで息をひそめて隠れることにした。教材を、音をたてないように床に置き、教材室の扉の横の壁にもたれた。冷たくかたい、コンクリートの感触が背中越しに伝わってくる。二人はなかなか出てこない。だからって揉めてるような音も声もいっさいしない。どうしたのだろうか。 * 「最っ低!」 扉を開ける大きな音と大声で、わたしの意識は浮上した。扉から出てきた女の子は、目に涙をためて鞄を振り回す。 「あだっ!」 彼女の持っていた鞄がわたしの顔面に当たり、思わず声をあげたが、彼女は気づかずに走り去っていった。 「わたし寝てたのか…つか、いてぇ…」 開かれた教材室の中からくすくすと笑う声が聞こえる。 「基山、あんた…」 「誰だい?ずーっといたよね」 立ち上がってスカートについたホコリを払う。そばに置きっぱなしの教材を持ち上げ、教材室に入る。真っ向から基山ヒロトを見た。 「教材を置きにきたら取り込み中のようでしたので待機していただけです」 「ふぅん」 「だからどいてください」 基山が退いた机に持ってきた教材を置く。これでわたしの役目は終わりだ。 「ねぇ」 耳元で、基山の低い声がした。背後に基山が立つ。 「さっき出ていった彼女がどうして泣いていたか、知りたいかい?」 「なっ…わたしの名前…」 「君には前から目をつけていたんだ、とても興味がある」 「意味、わかんない」 後ろをとられ腹部に腕をまわされ、わたしの逃げ場はなくなった。 「あんたまさか…」 「そう、ちょっと遊んであげただけだよ。俺を好きだって言うんだから、嬉しいはずだろう?なぜ泣いたのか俺にはわからないよ」 「…最低だ」 「最低?最高の間違いじゃない?」 耳元のくすくす笑いが心地悪い。 「ちょっと、放してよ」 「どうしようかなぁ…ふふっ」 「どうもクソもないよ。放して」 上半身をひねって背後の基山を睨む。何か言おうと口を開いたとき、基山の顔が近づき、くちびるを奪われた。生温いものが入ってきて鳥肌がたつ。体を離そうと押すがびくともしない。ならば。 「っつあ…」 「はぁ…はぁ…、なめないでよ、わたし石頭なんだから…」 これ以上何もされたくない、貞操の危機でもある。わたしは振り返らずに、だだっ広く長い廊下を走り、逃げた。 「俺に頭突きなんて…、面白い」 彼が妖艶な笑みを浮かべて、走り去るわたしを見ていたことなど、知る由もない。 たとえば奪う側となって 20110327
基山 暗くなったあたりを見回し、はあっと息をはきだす。暗く寒い夜空に、白くなったそれがもわっとひろがった。 「今、何月だっけ?」 「3月末だよ」 「もう春なのに寒いね」 「ねー」 隣にいる基山は、あかい髪をゆらしながら、にこにこと微笑んでいる。微笑む基山は、女神のように見えなくもない。それよりなぜそんなに楽しそうなのか。 「どうしたの?すごく楽しそう」 「んー?そうだね、君と一緒にいるからかな」 そう言って基山はごく自然に、わたしの手に指を絡めてきた。 「口説いてる?」 「好きだよ」 「ねぇ話が噛み合ってないよ」 「好き」 夜、人気のない道、ふたりきり、恋人繋ぎ、告白。シチュエーションはばっちりだ。しかしわたしと彼は、既に付き合っている。どう答えようか考えていると、彼は勢いよくわたしのくちびるを奪った。勢いがつきすぎて歯同士が当たる鈍い音がした。そしてわたしを抱きすくめ、「君はオレを、基山ヒロトを見てて」と、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で囁く。 「え?」 「大好きだよ、愛してる」 「…何かあった?」 「何もないよ。ただ気持ちを伝えたかっただけ」 「本当に?」 「本当だよ、君はオレを信じられないのかい?」 わたしから離れ、ふわりと笑った彼は、いまにも空気と同化して消えそうなくらいに儚い。そして、美しい。 「じゃあ今日はもうこの辺にするね、バイバイ」 「きや…あ…えっと、…ヒロト!」 「…?」 「バイバイ!また明日!」 女の勘かどうかわからないけれど、これが一生の別れになるかもしれないと、一瞬だけ思った。だから、付き合ってから恥ずかしくて呼べなかった下の名前で呼んでみたのだ。 明日、いつものように会えることを願って、精一杯、手を振る。ヒロトは複雑そうな顔で、決して嬉しそうではなかった。 次の日。 「基山ヒロト」は消えていた。かわりに「グラン」がいた。 わたしの大好きなヒロトは、もう、いない。 ノワールは虹を翔けた 20110327
佐久間 「あ」 「ああっ!!!」 時刻は深夜。 お互いが声をあげ、目の前にいる人物を信じられないものを見るような目で見た。 「お前…なんでここに!?」 「バイトだけど」 「はあ!?お前中学生だろ?」 「ここのオーナー、親戚だから。佐久間こそなんでお菓子ばっかり買ってんの?」 「…あーっと、お泊り会…?」 「どうでもいいけど」 「ひでぇ」 少女は淡々と答えながらも、手の動きを休めない。 「はい、985円ね。ポイントカードはお持ちでしょうか?」 「…はい」 ピッ、ピッ、という機械音が深夜の静かなコンビニ店内に響く。少女は袋に買われたお菓子を詰め込み終わると「クラスメートのよしみでこれオマケしてあげる」と言ってチロルを数個、袋にほうり込んだ。 「おう、さんきゅ」 「くれぐれも先生たちには内緒にしといて。なんならチロル増やすから」 「いや、そういう問題じゃないだろ。わかってる。お前こそ、俺がこんな時間に出歩いてること、言うなよ」 「うん」 二人はしっかり頷きあい、小さく手をふりあった。 少女が奥に引っ込もうとすると、このコンビニのオーナーであるおじがいた。そして何かを悟ったかのような顔で頷き始め、いやな予感がしたやえは「今日もありがとうございましたまたよろしくお願いしますお先にあがります」とまくし立てて、慌てて帰った。 誰もいなくなった店内で、彼は呟く。 「さっきの子がよくきみがよく話すサクマ君かあ…いけめんだなあ」 飾りものの目 20110320
佐久間 退屈な数学の授業中。 黒板の前に立ち、つらつらと数字を並べている先生は、半分くらいの生徒が夢の世界にとんでいっていることに気づいていない。 わたしはというと、前の席の、長くのばされた銀色の髪に目を奪われている。窓からはいる太陽の光で髪が反射して、とても綺麗なのだ。 触りたい、と思った。 触りたい。やわらかそう。綺麗なこの髪に、触りたい。 先生の口から紡がれる数字や言葉は一切耳にはいらず、自分でも気持ち悪いくらいに前の席の子、佐久間くんの髪を凝視していた。 ちょっとなら、いいかな。きっと今までにも女の子に触られてるよね。 すっと左手を伸ばし、佐久間くんの髪に触れようとした、そのとき。 佐久間くんがちらりとわたしのほうに視線をむけた。わたしはちょっとびっくりして、伸ばしていた左手は固まり、行き場を失ったまま空中で静止した。冷や汗が背中をつたう。 「…あ、ごめんね。勝手に髪の毛触ろうとして」 「おまえ、俺の髪を触りたかったのか?」 「え、うん。ごめん」 「言ってくれればいつでも触らせてやるのに」 「…そうなの!?…触らせてください…」 「遠慮しなくていいから、ぐちゃぐちゃにだけはすんなよ」 呆気なく髪を触る許可をえられ、とうの佐久間くんは前に向き直る。 今度こそ伸ばした左手は佐久間くんの後ろ髪のひとふさを掴んだ。さらさらでつやつやで糸のように細くて、女のわたし以上に手入れが行き届いている。びっくりだ。うらやましい。 佐久間くんがくすぐったそうに肩をすくめるが、わたしはいじる手を止めない。 わが家は今日も平和です 20110315
松野 返ってきたテストを手にわたしはうなだれる。 今回は頑張ったんだけどなー…と、小さく小さく呟きながら、書かれた点数とにらめっこ。 虚しい。 ふと周りを見渡すと、少し向こうのほうで鬼道くんがニヤリと笑いながら円堂くんを小突いていた。円堂くんの点数がいつもより良かったのだろう、円堂くんも良い笑顔だ。それにくらべてわたしは…ああだめだ、考えたら気分が悪くなってきた。 「ふーん、41点かぁ」 「あ、こら松野!」 突然現れた松野にテストを取られ、あげく、点数を音声として発した。わたしが落ち込んでいるのにもかかわらず、だ。 「マックスでいいって」 「誰が呼ぶもんか!返しなさいよ、そんないじめっ子みたいなことして楽しいの?」 「楽しいからやってんじゃん」 「…~っ!!」 怒りのあまり言葉にならなかった。 「はーい、席に戻ってー!授業しますよー」 あとで覚えてろよ松野空介ェ、と呟いてわたしは自分の席に戻った。 これはあえて好きな子をいじめるあれか?あれなのか?でもそれは小学生のガキがやるだけな気がする…いやしかし男子はまだ精神的にガキだからな…。鬼道くんみたいに大人な子のほうが少ないよね。結局なにがしたいのだろう。結論は出なかった。 * 休み時間。 「松野空介ぇ!」 勢いよくわたしは立ち上がり、松野の席に近づく。そして松野の個性的な帽子ごと頭を引っつかみ顔を近づける。 「さあ返しなさい」 「やだって言ったら?」 「その綺麗な頭蓋骨を砕いちゃおうかなあ」 にっこり。 わたしは極上の笑みを貼り付けた。 「すみませんごめんなさいお返しいたします」 「最初っからそうすればいいのに…」 ぶーぶーとわたしが言っていると、おそらく一部始終を見ていたであろう鬼道くんがおずおずと近づいてきた。 「おまえ…」 「どうしたの鬼道くん」 「あー、もし良かったら、俺がお前の勉強をみてもいいか?」 「教えてくれるの…?」 「ああ、無理にとは言わない」 思わず小さくガッツポーズ。 転校してきてから首位を一度も譲っていないという頭脳、その持ち主がわたしについてくれるというのだ。次回からのテストはちょろくなりそうだ。 自然とわたしの口角はあがっていく。 「ぜひ!お願いしますっ!」 「こちらこそ、今日の放課後から早速始めよう」 「はい!」 「あ、嬉しそう…鬼道が好きなの?」 「松野どっからわいて出た?あとそんな感情ないよ思春期脳め」 「えーつまんなーい」 「面白くさせる気なんてないっての」 わたしが松野とあほみたいな口論を繰り広げていると、突然「ふっ」鬼道くんが笑った。今の何が面白かったのだろう。 「鬼道くん?」 「いや、すまない。つい…な」 「え?」 「二人の掛け合いが漫才みたいで…」 鬼道くんは笑いのツボがおかしい、決定。まあ、誰かに笑ってもらえるなら、こんな言い合いも、ちょっとは彩るのかなあ、なんて。 無口な人形のロマネスク 20110315
円堂 桜が咲くにはまだ少し早い三月。しばらくは咲きそうにない蕾を、そっと撫でながら、この中学で過ごした三年間を思い出す。 一年の始め、誰のグループにも入れなくて、ひとりで、そんななかわたしと仲良くしてくれた秋ちゃん。秋ちゃんと円堂しかいなかったサッカー部、わたしは見守ってるだけだった。「頑張ってね」「応援してる」程度の言葉しかかけられなくて、なにもできない自分を責めた。それから少しずつ少しずつ、部員が増えて、大会でも勝ちだして、必殺技なんて身につけていっちゃって。宇宙人と戦うために、地上最強のサッカーチームをつくるために、日本中をまわる旅に連れていってもらった。足しか引っ張ってなかったけど、そんなわたしでも必要だといってくれたみんなが、大好きだ。わたしは日本から出なかったけど、世界に出て試合をしてきたみんな。わたしは雷門中サッカー部の最初を知ってるから、テレビみながらボロボロ涙を零したりしたこともある。テスト前の勉強会なんて、どうやったらそんなに差がつくんだってくらい学力の差があって四苦八苦した。わたしは少しでもみんなの、サッカーを頑張るみんなの役に立てただろうか。 今日で、みんな別々の道を歩む。違う学校に行き、働き、一生を共にするパートナーをみつけ、家庭を築く。わたしのことを忘れてしまう人もいるだろう。わたしは忘れない。一生に一度しかない中学生活、最高だったんだ。簡単に忘れてなんか、やらない。 いつの間にかわたしの目は潤っていて、一度でも瞬きをしたら零れそうなくらい、涙がたまっていた。大事な、大事な、三年間。目元を少し乱暴に拭った。もうすぐ、もうすぐで、ここを巣立(た)つ。もうすぐ。連絡は取り合うだろうけど、みんな変わってしまうにちがいない。今のみんなを、大事な三年間を、脳裏に刻む。笑って別れるんだ。 「あれ?」 「…円堂」 「もうすぐだぞ、はやく行こうぜ!」 太陽みたいな、笑顔。ついにわたしの涙腺は崩壊した。声にならない声を出しながら、次から次から流れてくる涙を服の袖で乱暴に拭う。もうとまらない。 「離れちゃうんだよ!」 「うん」 「みんなみんな、バラバラになっちゃう!」 「うん」 「家も遠いし、もう会えないかもしれないんだよ!」 「うん」 「大好きなのに!大事なのに!会えなくなる!」 「うん」 「やだよ!そんなの本当はやだよ!」 「うん」 わたしが泣きわめいている間、円堂はわたしの大好きな笑顔のまま、わたしの頭を撫でて相槌をうってくれた。その優しさに、更に涙が出てくるんだけれども。 彼は少し困った顔をして再び笑顔をうかべると、わたしを優しく抱きしめて、それから。 溺れたいのメランコリー 20110310
涼野 これでもかというくらいにじりじりと照り付ける太陽を睨みつけながら、住宅街をふらふらと歩く。なぜ、歩いているのか。なんと、紅蓮の炎を象徴するかのような個性的な髪型をもつ頭バーンこと南雲晴矢にお呼ばれしたのだ。一緒に呼ばれた隣を歩いている彼、風介は、端正な顔を崩し汗をだらだらとかいている。彼をみていると今にも溶けて消えてしまいそうにかんじた。少し不安になってきたわたしは、できるだけ手汗をふいて風介の手をそっと握った。風介からの視線が突き刺さる。言いたいことはわかっている。「…おい」わたしはきこえないふりをした。ぎゅっと握る手に力をこめる。 「おい」 「…ん」 「手を離せ。おまえの手が熱くて死にそうだ」 「やだ、死ぬな」 「なら離せ」 「…手を離したら、風介が、溶けて消えちゃう」 「…どうして?」 「なんとなく」 呆れ気味にわたしから視線をそらした風介は、ひとつため息をついて「そうだな…、俺は凍てつく闇にのみ生きし高貴なるうんぬんかんぬん」持病である中二病をおこしはじめた。よくわからない言葉を吐きつつもわたしの手を握り返してくれている。ああ愛おしい。先程までじりじりと照りつけていた太陽は、半分雲がかかり、少しだけ風が吹いた。ぬるいぬるい風。わたしたちの表情が少し和らいだ。 住宅街をぬける手前にある南雲という表札のかけてある家。風介がインターホンをおすと「ったく!おせぇんだよ、てめぇらはよお!」晴矢が飛び出してきて、わたしと風介の頭をひっぱたいた。 「いだっ!」 「バーン、貴様…!」 「あーはいはいお熱いこって。いいよなリア充は!」 「ふん、俺とこいつがらぶらぶしてるから嫉妬とは、ずいぶんと落ちぶれたものだな」 「はあ!?ラブラブとか死語だろ!?」 「ねえ暑いから家入れてよ冷房つけてるんでしょうねえ晴矢」 「あ、わりぃ」 かくして涼しい部屋に通してもらったわたしたちは、とくに用もなかったくせに呼び出した揚げ句、手を繋いでいただけで嫉妬に荒れ狂った頭バーンに天誅を下した。 それは恐ろしく儚くみえた 20110213
吹雪 「甘いにおいがするね」 くすりと隣の彼は笑った。 今日はバレンタイン前日。 わたしは、予行練習として昨日のうちに、自分で食べる用にガトーショコラを作ってみた。どうやらそのにおいが体中に染み付いてしまったいたらしい。ちゃんとお風呂に入って体を洗ったのに。 わたしの隣にいる吹雪くんは、北海道の中でとても有名な人で、本来ならわたしと話しているのはおかしいくらい雲の上の人。ひとあたりが良くて、人気者で、サッカーが上手で、成績優秀で…。あげたらきりがないくらい、完璧な人なのだ。わたしはたまたま学校が一緒で、たまたま学年が一緒で、たまたまクラスが一緒で、たまたま隣の席になっただけである。最初は本当にただの憧れだったけれど、吹雪くんと会話を重ねていくうちに、たぶん好きになってしまった。だから明日だって、本命だと悟られないように友チョコにまぜて渡すつもりだ。吹雪くんのことだから、きっとたくさんの女の子からもらうだろうし、本命だとは思わないだろう。 「まあね。予行練習だよ」 「何を作ったの?」 「ガトーショコラだよ。ちょっと失敗しちゃったけどね」 「そっかぁ…食べてみたいなぁ」 にっこり。彼は笑った。 * バレンタイン当日。 昨日の吹雪くんの、最後の言葉が気になってもだもだと考えていた。プレイボーイで紳士な彼のことだから、きっとお世辞とかその場の雰囲気にあわせての発言だったのだろう。わたしは、そう結論づけて教室に入った。席につくと、吹雪くんはまだ来てなかったけども彼の机の上はかわいらしい包みで埋まっていた。さすが吹雪くん。それからも次々といろんな女の子が入れ代わり立ち代わり、彼の机の上に置いていく。もうわたしに勝ち目はないなぁと人知れず苦笑する。でも、これくらいならいいよね…、と、吹雪くんにあげるための包みの端っこにわたしの名前を小さく小さく書いて、吹雪くんの机の上を埋めている包みたちに紛れ込ませた。こんなに好かれてるんだもの、わたしは片想いでいいや。吹雪くんが幸せになれるならそれでいい。だからきっとこれは、綺麗な片想い。 想いを封じ込めて 20110214