インターホンが鳴って勢いよくドアを開けると、諏訪が立っていた。 「ちがう……」 「なァーにが『ちがうー』だ、おめーはんっとに…………ん!」  ずいと差し出された小さな箱を思わず受け取る。何?と聞くと、ケーキと返ってきた。今日なんかあったっけ。でもケーキは好きなので有り難くいただいておく。 「おい、さみぃから中入れろ」 「勝手に来てなんだその態度」  先日初雪が降り、テンションが上がったのもつかの間、気温はぐっと冷え込んだ。  優しい優しい私は諏訪が凍えたらかわいそうなので、仕方なく彼の要望通り中に入れてあげた。さらにあたたかい飲み物まで出してあげたので、聖母の如き優しさに打ちひしがれるがいいと言うと「台無し」と背中を叩かれた。  ◇  インターホンが鳴った。 「来たっ!」  今度こそ待っていたものが来たに違いない。クラウチングスタートよろしく玄関に駆け出す。といっても1Kなので玄関まで秒だ。 「来た、じゃねーよ相手確認しろ! この! バカッ!」  諏訪の声を背中に受けながらドアを開けると「宅急便ですー」大本命が届いたのだ。  私は今日、これを待っていた。  諏訪じゃなくてこれを待っていたのだ。  そのために日付指定もしたし時間指定もした。  昨日から気持ちを作って高めて待っていたのだ。  ほくほくしながら箱を抱えて戻ると、諏訪が呆れた顔をして寝転がっていた。無防備なお腹の上にクッションをそっと乗せる。すると無言でそれをもちもちし始めた。触り心地が良くて私も一目惚れした逸品だ。気持ちはよくわかる。  うんうんと頷きながら箱を開けていく。次第にあらわになっていくガラスのボディにボルテージは最高潮。きこえるか、アリーナ! 今夜は純米吟醸酒だ! 「待ってたー♡」  ちょっと体を起こした諏訪が「まーた日本酒かよ」と呟く。 「これは今しか味わえない限定ものなんですー」 「はいはい」 「このためにレポート全部終わらせたしテストも終わらせたしバイトも早めに終わらせたんだから」 「そーだな」  諏訪の遠い目がキッチンのほうへ向いている。たしかに瓶が二本、三本、いや四本くらい転がってるけれど、節度を守って毎日ちょっとずつ味わっているのだ。冷蔵庫のワンカップ大関? ちょっと知らない子ですね。  諏訪が来る日はビールを用意するのだが、今日は突然の来訪だったので何も用意できていない。ビールないよーと言うと、飲むために来てねーよと返ってきた。 「……代わりにちょっと、飲む?」 「おー欲しい」 「ちなみに晩ごはんて食べた?」 「あー、ボーダーから直接ここ来たから、まだ」 「今日のために昨日仕込んだおでんがあるんだよなあ〜〜いるよね」 「オイオイ最高じゃねーか」 「ふふん。もっと褒めて」  とろ火にしておいたおでんがくつくつと煮えている。きっともう外までいい匂いがしているに違いない。  お猪口を軽く合わせる。とりあえず、今日も生き延びた私たちに乾杯。  まずは冷やで! と私が譲らないので諏訪も冷やにしてくれた。口の中に広がるふわっとした甘みと酸味、そしてすっきりとしたキレがたまらない。冬季限定最高。来年も頼もう。 「やっぱコレだなぁ」 「んん、おでんウマ」 「でしょ!? いやーここ数年で一番会心の出来」 「急にボジョレーになってやがる」 「ここ十年で最高? 千年に一度の?」 「千年に一度のウマさだよご相伴にあずかり恐悦至極だわアホ」  酔いが回ってきたのか、諏訪の発言がなんか面白くて笑った。笑うな、と諏訪に鼻をつままれた。痛……くはない。 「熱燗飲む?」 「頼む」 「おけー」  二人分のお猪口を持ってキッチンへ向かう。  戻ってきた私の手元をみて諏訪が「それは?」と首を傾げた。 「おでんの出汁割り」 「また! うまそうなモンを! おめーはひとりじめしやがって!」 「えへへへへへあとで作ってあげるやーん」  そんな諏訪を横目に飲む酒は最高にうまい。  ◇  諏訪が持ってきてくれたケーキも食べ終わり、そろそろ日付が変わる頃。  ベランダで一服を終え、煙草のにおいを少し纏わせながら冷気とともに戻ってきた諏訪に、今日はどうするかとたずねると「んー」と煮えきらない返事だった。何も考えてなかったらしい。 「お泊りセットないけど……泊まる?」 「おめーなあ」  呆れたような諏訪に「だってー諏訪だし」と返す。 「俺がなんにもしねーとか思ってんのか?」 「しねーというか、できないでしょ。信じてるもん、諏訪は信頼を裏切れない」 「あー! そーかよ、そーだよ!」 「そういうとこ好きだぞ♡」  諏訪のツーブロを触りながら言う。「オイ」と飛んできた声にはいつもの覇気がない。 「あれれ、洸太郎くんおねむですか〜?」 「うっせ。……ここが、安心すんだよ」 「そっ……か、それは、有り難いことデス」  大きめの何かが投下された気がする。酔いはほとんどさめたはずなのに、頬が熱くなっていくのがわかる。からかわれたくなくて、ごまかすように机の上に置きっぱなしになっていた諏訪の煙草とライターを引っ掴んでベランダに出た。 「さみぃ」  するとなぜか諏訪も一緒に出てきて足元に小さくうずくまる。 「おめー煙草吸わねーだろ」 「そーゆーキブンになったの」 「ふーん」  ただでさえ吐く息が煙のように白いのに。いつも後ろから見てる諏訪の真似をしてライターをつけ、ゆっくりと息を吸う。なれない煙たさにゴホ、と軽く噎せた。もう一度吸って、吐く。なんだろうこれ。味とか全然わからない。 「なあ、俺にも火、くれよ」  無言でライターを差し出すと「ちげーわアホ」と言われた。私が握っていたボックスから器用に煙草を一本抜き取っていく。 「――こーすんだよ」  煙草をくわえた諏訪が顔を傾ける。近づいてくる彼の体温に思わず固まってしまった。こういうときどこを見ればいいのかわからなくて彼の口元を凝視する。 「ゆっくり吸えよー……」  言われた通りにすると、ややあってから彼の煙草の先に火がついた。私はというと息を吐くことを忘れて盛大に噎せた。 「よーしよし、イイコ」 「いまの、いまのなに、なんかめっちゃ恥ずかしかった!」 「ナイショ」  諏訪がうちに来るようになってから設置した灰皿で煙草の火を消す。私にはこれの良さがわからないままだ。けれどそれを好む諏訪洸太郎は魅力的に映る。  以前、彼は一生わからなくていいと言っていた。わからないからって同じ時間を過ごせないことの理由にはならない。それよりうまいもん食って、うまいもん飲んでるときの私を見たいのだとか。私としては、いろんなことを一緒に楽しみたいけれど。でも、諏訪のそういうところが好きだなあと思う。 「あ、雪」  諏訪が呟く。  部屋の時計を見れば午前零時を指していた。――ああ、そっか。そういえば。 「メリークリスマス」 「気づくのがおせーよ」 2022.12