防衛任務のあと、帰路についた頃には日が傾いていた。隊のみんなとわかれ、赤紫に染まる空を見上げながらひとりで歩いていると、無性に寂しさが込み上げてきた。家に帰れば家族がいるし、大学に行けば友だちがいて、ボーダーに行けば仲間がいる。何も欠けてなどいない。それなのに、心にぽっかりと穴が空いたようなこの気持ちは何だろう。  スーパーに寄って仕事帰りの人たちと今も仕事中の人たちに心の中で今日もお疲れ様ですと声をかけながら、ぼんやりと店内を見て回る。これといって目当てのものがあるわけではなく、何か安いものや良いものがあればと思っただけだ。なかったらなかったで買わずに帰ればいい。ふと、雑多に積みあげられた商品の山が目に入る。そこには花火セットが百円で叩き売りされていた。この時期になるともう花火をしようなどと思わないのかもしれない。八月二十九日。もうすぐ夏が終わる。  何をトチ狂ったのか、気がつけば花火セット一式を買っていた。そしてその足で近くの小さな公園に向かった。途中の自販機で水を買った。すでに日は沈んでいる。子どもが遊んでいるような時間ではないからか、公園には誰もいなかった。ベンチがないからシーソーの端に座る。ひとりで淡々と用意をすすめて着火した。白煙を上げながらばちばちと弾ける花火をじっと見つめる。そして消えそうになったら次の花火へ火を移す。それを何度か繰り返して、あまりの虚しさに項垂れた。ばちばち。花火が弾けている。正体のわからない寂しさを埋めようと思ったわけではないけれど、何か変わるかなと思ったのだ。結局、何も変わらなかった。まあ、人生なんてきっとそんなものだ。埋めたい何かが埋まらないことや劇的に何かが変わることもないのが普通なのだろう。ただ平等に、時間だけが過ぎていく。  作業になってしまった何本目、いや十何本目かの花火を眺めていると、誰かが隣に立った気配がした。不審者だったらやだな、それとも私が不審者だと通報されたかな。そう思いながらちらりと見上げると、太刀川慶がいた。彼は今日、非番のはず。何だってこんな時間にこんなところにいるのだろうか。ゆるっとしたラフな服装から、散歩でもしていたのかと推測する。ぼんやり見ていると、彼の何を考えているのか読み取りにくい目がこちらを見た。 「ソロ花火か?」 「うん」 「へぇ。楽しい?」 「うーん、べつに」 「じゃあ何でやってんだよ」  彼はからからと笑う。そうして「俺もやろっかな」なんて言いながら彼は何本かの花火を手にとった。 「いっぺんに火つけたらだめだよ」 「しねーよ」  火、ちょーだい、と言われて花火の先を彼の持つ花火に近づける。ばちばち弾けだすと彼は「おおー」と、どういう感情からくるものかわからない声を上げた。煙草を吸わない私たちは、こういうときしか火のやりとりをしないだろう。彼に火をあげるなんてちょっと新鮮だなと思う。花火をすることがなければ二度とない機会だ。 「たまにはいいな、こういうのも」  ひとりごとのように彼が呟いた。小さな火花が彼の顔を少しだけ照らし出す。 「そういえばさ、」 「なに」 「俺、今日誕生日」 「えっ、うそ、ええ?」 「嘘だと思うだろ? これがマジなんだよ」 「お、おめでとうございます……」 「おう。ありがとな」  新しい花火を手に取って見せると、彼はまだ弾けている花火を近づけてくれた。二人でそれを何度か繰り返す。  誕生日だと知ったからには何かあげたほうがいいのだろうか。こういうとき、どうしたらいいのかわからない。今からだと買いに行ける場所も、買えるものも限られている。彼とは同い年だが、そもそも隊もランクも違うためボーダーでの交流は少なく、大学は学部が違うため交流が少ない。彼と一対一で話をするのも数ヶ月ぶりだ。まさかこんなにフランクに話しかけられるなんて思いもしなかった。 「……プレゼント。何かほしいの、あったりする?」 「お、くれるのか?」 「まあ。知ったからには無視もどうかと思うし」 「んーどうしようかな」  そこではたと、もしかして彼は誕生日会とかそういうものの途中だったのでは? と思い至った。そうだとしたらお散歩どころの話ではない。 「ちなみになんだけど、なんでここにいるの?」 「酔いさましてくるっつって抜け出してきた」  やっぱり――! きっと太刀川隊、あるいは彼と交流のある隊員で催された誕生日会の最中だったのだ。主役が抜け出してどうする、さらに知らなかったとはいえこんなところで長居させてしまった。全方位に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。そして気がつけばタイミング良く花火を全部使い切ったところだった。手早く片付けてシーソーから立ち上がる。同じ姿勢を続けていたからか体が軋んだ。 「さて、戻ろう」 「どこに?」 「太刀川くんの帰るところ」 「一緒に来るのか?」 「謝りに行くんだよ、主役の時間奪ってしまいましたって」 「誰も気にしないだろ」 「太刀川くんが気にしなくても私は気にします。そうだ、どっかにコンビニあるでしょ。そこで何かお菓子でもアイスでもお酒でも買ったげるから、それがプレゼントってことで」 「なんだそれ、小学生かよ」  何が面白いのか、彼は笑っている。ゆったり歩く彼を急かしながら公園をあとにした。 「ひとりより二人のがいいだろ」 「花火のこと? そうだね、たまたまだけど太刀川くんが来てくれて嬉しかった。ひとりは虚しいなって思ってたところだったから」 「こういうなんでもない時間を共有できるの、なんかいいよな。嫌いじゃない」 「うん」 「またやろーぜ」 「え、もうやらないけど……」 「花火じゃねーよ。いろんなこと」 「あー、まあ、機会があれば」 「あればじゃなくて作るんだよ、そういうのは」  言葉を多く交わさずとも彼がその場にいてくれるだけで、たしかに虚しさはなくなった。誰かと同じ時間を共有することで、紛らわせられる何かがある。埋められる何かがある。寂しさも虚しさも誰かと分け合うことができるのかもしれない。もしかしたらみんな、寂しいのかもしれない。虚しいのかもしれない。ひとりで抱え込むものではないのかもしれない。もうすぐ夏が終わる。街灯に照らされた彼がひときわ輝いて見えた。 2021.08