ものしずかな見た目とは裏腹に、隙あらば旋空を撃つ。撃つ。撃ちまくる。崩壊する建物と宙を舞う瓦礫。その真ん中でゆっくりと身を起こしこちらを見据える彼――辻新之助は、美しい獣だった。 「……ご、ごめんね……」  ともすれば雑音に紛れて消えてしまいそうなほどに小さな声でどもりながら謝る辻くんは、その体躯のほとんどを犬飼先輩の後ろにおさめている。辻くんは女性が苦手ということは有名な話だから私も知っていた。だから苦手でありながらもこうして精一杯コミュニケーションを取ろうとしてくれていることに、あたたかい気持ちになりつつも少しのいたずら心が擽られた。 「何に謝ってるの?」  私たちに挟まれている犬飼先輩がいじわるなこと言うなあって顔をする。それを無視して辻くんを見つめると、彼は相変わらず目線を合わせてくれないが、おろおろしながらもなんとか答えようとしてくれていた。 「さっき、の……ランク戦。あ、あの、……痛かった、よね……ごめんね……」  先ほどのランク戦では彼ら二宮隊と戦った。銃手の私は射程の長さで弧月使いに多少は勝るものの、単独で突破できるほどの撃破力はなく、他の隊員のサポートを担うことが多い。そのため隠れて隙を伺っていたのだが、隊の皆が落とされあとは私だけとなってしまい、やけくそで諏訪さんスタイルで撃ちまくっていたところ、辻くんに捕捉された。家屋を障害物に使い、逃げようと足掻いたのだが旋空の破壊力に為すすべも無く。彼に斬られてベイルアウトした。  ボーダーではトリオン体の痛覚を遮断して戦う人が多いのだが、私は少しだけ残している。誰に何と言われようと、いたみを無かったことにしたくないからそうしているのだ。以前、話のついでに誰かに言ったのを辻くんも聞いていたのか、あるいは誰かから聞いたのか。彼はそのことを謝っているらしい。痛かっただろう、と。 「ちょっとだけね、これぐらい」  親指と人差し指でちょっとを表現する。 「今まで何人に斬られたり撃たれたりしたと思ってるのさ、そんなの数えてたらきりないよ。でもありがとう、辻くんは優しいね」  犬飼先輩の後ろから、前髪に隠れた伏し目がちの目元がちらりと見える。目は合わないけれど。声も聞こえないけれど。彼は何かを言いたそうにしているような気がした。 「あ〜そういえばなんか喉乾いたかもな〜」  黒髪がふるりと震える。 「こんなところに自販機あるじゃん、つめた〜い飲み物飲みたいなあ〜今日はぶどうの気分だなあ〜」 「……ま、まってて、」  辻くんが走っていくのを見ながら犬飼先輩は「パシるねー」なんて言ってきた。そんな先輩をジト目で見上げる。先輩は笑みを浮かべるだけ。わかってるなら言うな、なんて食えない先輩には通じないのだろう。 「辻くんがそんなこと気にしなくていいのに」 「飲み物ひとつじゃ安い?」 「いいえ。むしろ高いぐらいです」  だからいたみを忘れたくない私を斬ったことなんて忘れてほしい。いたいのは私だけでいい。飲み物ひとつ、それでキレイさっぱり終わりにしてほしい。  グレープジュースの紙パックを持って戻ってきた辻くんは、目をぎゅっと瞑りながら両手でそれを差し出した。え、なにこの生き物、かわいい。お礼を言って受け取ると、彼はよくわからない言葉をもごもご呟き、犬飼先輩の後ろにぴゃっと隠れる。 「なんて?」 「お詫びだからお代はいらないって」  辻くんの代弁をしてくれた先輩は、彼の背を押すと「じゃ、またねー」なんて言いながら行ってしまった。一度だけこちらを振り返った辻くんと目が合ったが、すぐに逸らされてしまう。つめた〜いはずのグレープジュースは少しだけぬるくなっていた。  ベイルアウト直前に見た彼が忘れられない。女性と目を合わせることが難しいはずの辻くんは、たしかにこちらを見ていた。私は彼の目に縫い止められたかのように動けなくて、そして斬られたのだ。崩れ落ちるばかりの景色のなかで彼だけは立っていた。何にも脅かされない。何も彼を侵さない。抵抗できなかったわけでも、負け確だと戦いを放棄したわけでもない。私は、彼に見惚れていた。 2021.06