ボーダー本部基地内、ラウンジにて。  今日は防衛任務も招集もないオフの日だがとくにやりたいことも誰かと交わした約束もなく。それなら模擬戦でもやらないかとクラスメートのバカ二人に誘われて引きずられながら本部に着くと、もう一人のバカがいた。巻き込まれる前に逃げようとしたところで、弾の方のバカに「逃がすかよ」と逃走を阻止されブースに突っ込まれた。そして体に無数に風穴を開けられてキレ散らかし、今に至る。 「遠慮って言葉、弾バカの辞書にはないわけ?」 「千発百中なもので」 「バカ!もう、あのあれ……バーカ!」 「はは、語彙溶けてら」 「槍バカも同罪だから!」 「いずみん先輩もよねやん先輩も怒られてやんの〜」 「駿もだからね?バカ三銃士め」  ごめんて、なんて何度聞いたかわからない謝罪を口にする彼らをじとりと睨む。彼らは私が痛覚を少し残していることを知っている。彼らにいたみを刻みつけられるために痛覚を残しているわけではないのたが。毎度嫌がらせの如く私の体を穴だらけにするのは何なんだ。 「でもさ、女子の痛みに歪むカオっていうの?あれなんかいいんだよなー」 「は?きも」 「わかる。普段見ることねーからなんかこうぐわっとくるというか、アステロイドも踊りだすというか」 「バカどもそれ以上はやめなさい駿が聞いてる」 「イテテテ、首もげちゃうよお姉さーん」  こんな話を駿の耳に入れてはならないという使命感が先走り、隣に座る彼の頭を抱えるようにしてあわてて耳を塞ぐ。中学生に偏った嗜好を植え付けようとするでない。  クラスメートの出水公平と米屋陽介は私がボーダー所属だと知ると、学校でもボーダーでも話しかけてくれるようになった。彼らとつるんでいるとほぼ必然的に顔を合わせることが増えたのが緑川駿だ。彼のそのありあまるポテンシャルには感嘆した。思わず私もスコーピオンやグラスホッパーを使ってみたくなったほどだ。  A級部隊に所属する彼らはよく模擬戦をしているのを見かける。そして気まぐれに誘ってくる。勝ち越せたためしはないが、彼らに散々ベイルアウトさせられたおかげかランク戦での即退場は減ってきたし、個人ポイントも少しずつ増えてきた。だからこそ最近思うようになったことがある。もしかして私、銃手向いてないのでは?  口先だけの謝罪では誠意が見えないというと、出水と米屋がスイーツを奢ってくれた。それを食べながら、銃手向いてないかもしれないとこぼすと。 「変えれば?」  あまりにもあっさりと言うものだから少し呆けてしまった。そんなこと言っていいのか、本当に変えてしまうぞ。適当発言かと思いきや、意外にも彼らは真剣に考えてくれようとしている。 「そもそもなんで銃手やってんの?」 「……なんでだっけ、銃かっこよかったのとシンプルで楽だったからかな、弾設定したら撃つだけだし」 「理由がヒドイ」 「じゃあ攻撃手やろうよ」 「私にできるかなー」 「スコーピオンはどう?オレ教えるよ!」 「こいつには無理。機動力微妙、不器用、単純。槍バカ、どう思う?」  悪口を言われたのかと思い、反射的にテーブルの下で出水の足を踏む。彼は米屋に向けていた視線を動かしこちらを一瞥すると反撃。私が顔を歪めると、したり顔を返してきて腹が立つ。切られそうになった火蓋は、米屋のひとこえで消失した。 「オレぇ?ん〜〜〜〜弧月はどうよ」 「あー耐久力あって攻撃もできるしいんじゃね。重さは……ま、なんとかなるだろ」  駿の提案は出水にばっさりと切り捨てられたが、米屋のはなんとか引っかかったらしい。射手は?と聞くと鼻で笑われた。なるほど、出水は私以上に私のことをよく知っているようだ。 「弧月かー、攻撃手……やってみようかな」 「えらく前向きだな、どうした?」 「この前のランク戦で辻くんにやられてさ。そのときになんかね、こう、ぐわっときた」 「オイオイ緑川の耳塞がなくていいのかよ」  にやにやしながらこちらを見る米屋を睨めつける。何を察したのか駿もにやにやしているから、手を伸ばしてその目を塞いだ。  あの日、辻くんに見惚れていた。美しいと思った。弧月をかっこいいと思ったのは本当のことだが、だからといって自分が弧月を使う必要はない。けれど邪な気持ちが顔を出しているのもまた、本当のことだった。美しい彼をもっと見られるかもしれない。彼と話せるようになるかもしれない。彼のことが、もっと知りたい。 「しっかし辻ちゃんかーわからなくもない」  米屋がうんうんと頷く。駿の目を塞いでいた手は駿にいじられ遊ばれている。 「でしょ。私もあんな感じになりたい」 「じゃあ行くか」  突然立ち上がった出水を見上げる。どこに?とたずねると、「二宮隊」と返ってきた。 「おれらじゃ教えられねーから辻ちゃんに教えてもらえよ、な?」 「いや、な?じゃねーんだが」 「ほら行くぞ」 「やめろ弾バカ、うわッ、力つよ」  出水に引きずられながら米屋と駿を振り返ると、オレらはもうちょい戦ってくるわーと言って二人とも行ってしまった。このままでは本当に二宮隊に連れて行かれてしまう。なんとか出水の手から抜け出そうと押したり引いたりしてみるが結果は変わらず。いつもならこんなに干渉することはないのに、何が彼をそうさせているのか。 「いずみん〜」 「気色悪い声出すなっての」 「私なんかした?謝るから怒らないで」 「あー怒ってない怒ってない」  お前が強くなりたいって思ってるならそれができる環境整えて、強くなったお前と戦いたいだけだって。  ふいとそっぽを向く出水に言われた言葉をゆっくりと咀嚼する。ちらりと見える彼の耳はほんのり赤い。こういうところが彼のにくめないところなのだと、人知れず頬を緩めた。 「ということで辻ちゃんの弟子候補を連れてきた」  自隊以外の隊室に足を踏み入れたことがなく、びくびくしながら入室すると、辻くんと氷見さんがいた。出水がかいつまんで経緯を話す。私はというと、出水の後ろからちらちらと二人の様子を見ていた。これではまるで先日の辻くんだ。  どうよ?と聞かれて辻くんは戸惑う様子を見せた。じわじわと頬に赤味が差していく。それもそのはず、突然の弟子候補が彼の苦手とする異性なのだから。 「難しいんじゃないかな」  辻くんに代わり、氷見さんが答える。彼女は真っ赤になって縮こまる辻くんを示しながら「見ての通りよ」と言った。 「だよなー、突然悪かったな。でもこいつ、こないだのランク戦で興味持ったらしいんだよ、鉄は熱いうちに打つのがいいだろ?可能な限りで見てやってくれよ」 「よ、よろしくお願いします、可能な限り」  ぺこりと頭を下げる。こないだのランク戦、辻くんに斬られたあの日。美しい獣を見た日。  出水のアシストがなければ弧月をやってみようと思うことも、ここに来ることもなかっただろう。彼はゼロだった可能性の、イチを作り出してくれた。 「辻くん、いける?」  氷見さんが優しく辻くんに問いかけた。彼は視線を泳がせながら考える素振りを見せている。考えているということはあるのかもしれない、可能性が。私含め三人が固唾をのんで見守る。やがて辻くんは意を決したように顔を上げると、しっかりと私を見た。まただ、縫い止められたように動けない。吸い込まれそうなほどに深く澄んだ瞳がわずかに湿り気を帯びている。赤く色づく頬。固く握られた拳。彼の小さく息を吸う音。そのとき、私の中の何かが鎌首をもたげた。声に出してはいけない、態度に出してはいけない。抑えろ、抑えろ。拳をぎゅっと握りしめる。食い込む爪が冷静さを保たせてくれている。 「……い、けます……ぉ……俺が、教えます」  張り詰めていた空気がふっと軽くなる。辻くんが教えてくれる。美しい彼が。あの日見た辻新之助が鮮明に蘇る。きっともう一生忘れることなんてできない。私に見えない傷痕を残した。いたくない傷。けれどそれは私自身知らなかった感情の欠片。美しい獣、美しい彼。  限界だったらしい彼がふいと視線外した瞬間、私は糸が切れたようにどさりと座り込んでしまった。驚いたようにこちらを見下ろす顔に笑いかける。 「ごめん、腰抜けた」 「鍛え方が足りねーんじゃねえの」 「そうかも。手、貸して」  はいはい、と出水が差し出そうした手は誰かに制された。代わりに差し出されたその手は、辻くんのもの。ぎゅっと目を瞑り、真っ赤なままぷるぷると震えている。 「無理しなくても大丈夫だよ」 「む、むりしてない……から、」  お言葉に甘えてゆっくりと手を伸ばす。指先がかすかに触れると彼は私の手を包み込む。そしてぐいと引っ張り上げてくれた。その力強さに私の中の何かまで引っ張り上げられて。 「は、好き」  思わずこぼれた声に反応した辻くんが目をかっ開く。私と目が合ってあたふたしたところで握り合った手が視界に入ったのか肩が大きく跳ねる。彼の手はするりと抜けていき、体も氷見さんの後ろにおさまった。彼女になにかを告げるとそのまま座り込んでしまった。 「今日はもう限界だって」  辻くんの代弁をする氷見さんがあとはまた明日ねと言う。制限時間付きかよ、と出水が吹き出した。 「明日からよろしくお願いします、辻くん」  氷見さんの後ろに向かって声をかける。彼がこくこくと頷いたのが見えた。退室の直前に振り返ると、深く澄んだ瞳がこちらを見ていたような気がした。 2021.06